8.私が沖ヨガをやる理由

 畳の部屋

1.失敗を恐れる幼少期
2.あまりにも思い通りにならない心身
3.100人100通りの心を扱う方法があるのか
4.変わるきっかけとより深い疑問
5.ティッシュ配りから始まるヨガライフ
6.ホットヨガとの決別
7.自分の取り扱い説明書
8.私が沖ヨガをやる理由(この記事)

 

 今回で連載シリーズも最後です。

 自分の取り扱い方を知るための沖ヨガという方法をようやく私は手に入れました。
 けれど、それはインストラクターをやっている理由にはなりません。
 自分だけでよければ、自宅で1人でやっていればいいわけです。
 

本来あるべき可能性を引き出す

 正直に白状しますと、私はまだ自分の中でインストラクターをやっている理由を消化し切れていない部分があります。
 確かなのは、自分のように苦しんでいる人が変わるヒントになればいいという思いがあること。
 
 ただ、その人が当たり前に持っている可能性を引き出すきっかけが作りたいのです。
 なにか特別な能力に目覚める必要はない。
 多くの人が可能性を持ちながら、なんらかの原因で発揮できていない。
  
 そのくすぶっている力を十分に発揮できるようになれば、自己効力感が増してきます。
 そうなれば、もっと幸せを感じられるはず。
 
 私がなぜ身体を通してのアプローチに興味を持ったのかは既に書きましたが、もう1つの利点として身体を動かすことは、変化が感じやすいことにあります。
 ヨガを通して身体が整っていけば、自分自身をよい方向へ導く力が確かにあると気づくことができます。
 それはそのまま心を整えることにも繋がらないでしょうか?
 
「信じるな。疑うな。確かめよ」
 
 かつて沖先生はそう言いました。
 偉い先生が言っているから鵜呑みにするのではなく、胡散臭い人が言うから疑うのではなく、ただ実践して確かめる。
 その方法としてのヨガを伝えていきたいのです。
 

男性にもヨガを

 
「興味はあるけれど、入りづらい」
 
 知り合った男性にヨガについて尋ねてみると、口を揃えてそう言います。
 ヨガは女性の世界。そういうイメージを持つ男性は多いです。
 
 実際、女性専用スタジオが多いので仕方ないかもしれません。
 インストラクターも通う人も女性が圧倒的多数。
 
 私自身、最初にホットヨガに行った時に40人以上いる中で男が1人だった時は片身の狭さを感じました。
 同じように興味はあるけれど、恥ずかしかったり、身体が硬いことを気にして、踏み出せない人がいるはず。
 
 そんな男性でも気軽にヨガをできるための場を作りたいと思っています。
 20代の男性である私だからこそできることがあるのではないかと考えました。
 

特別じゃないヨガをしよう

 
 沖ヨガは別名「生活ヨガ」とも呼ばれています。
 それは息(呼吸)、食、想(精神)、動、環境の5つの観点から生活を変えていくことを重視しているからです。
 
 だから、「ヨガのレッスンの間は自分と向き合って楽になれたけど、一歩スタジオを出たら辛くて仕方ない」では意味がありません。
 
 アロマを焚いて、照明を暗くして、音楽をかける。
 日常と切り離された特別な空間でヨガをやりたいという気持ちも十分にわかります。
 それをしてくれるヨガスタジオはたくさんあります。
 
 ただ、ヨガをやる前後もやっている最中も、生活の延長線上でヨガをやることこそ自分に役立つと思います。
 レッスンの最中だって、雑談をしてもいいのです。
 会話をしながらでも無意識のどこかで自分を感じられるようになれば、それは生活でも役立つはずだから。
 
 
 
 あなたも私と一緒に、特別じゃない生活の一部としてのヨガをしませんか?

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