もやもやしながら成長していく

もやもやした空

日々の生活の中で、私達はしばしばもやもやする経験をします。

 自分では当たり前だと思っていたことがもろく崩れ去ったり、他者との価値観の違いに直面したり。
 予期せぬ体験をした時に、明確に説明することができないけれど、身体の中でなにかが渦巻いて暴れます。

 個体とも液体とも気体とも判別できない漠然としたそれを抱えていると、他のことが手につかなってしまう。
 吐き出してしまいたいのだけど、言葉にならなくて喉でつっかえてしまう。

 けれど、その時にこそ私達は成長しているのかもしれません。

ありのまま受け入れるのはもやもやする

多くの人にとって、物事をありのままに受け入れることは簡単ではありません。

 起こったことはとても頑丈で覆しがたいからです。
 事実そのものは変化しません。

 その起こったことは丈夫であるがゆえに、人間にとっては消化しづらいものです。

 だから受け取ったその事実を何度も咀嚼して、自らの中で消化して、吸収していきます。
 そうやって物事に対して意味づけをしています。

 ポジティブもネガティブも意味づけをしているという点では実は同じです。
 
 だから成功体験も失敗体験も尾を引きます。
 同じような場面に出くわせばそれが脳裏に蘇ってきて、判断に影響を及ぼします。

 でも、実際にまったく同じ出来事が繰り返されることはありません。
 どれだけ似通っていても、必ずなにかが違います。
 過去の学んだことが上手くいく保証はどこにもないんですよね。

 だからこそ、ありのままを見てその瞬間瞬間に判断をする必要があります。
 

不安定なものを不安定なままにしておくのは恐ろしい

綱渡りするネズミ 

 なんで人は事実に対して意味づけをするのかといえば、そっちの方が楽だからだと私は思います。
 自分の中で決めてしまえば、安心するんですよね。
 いちいちもやもやしなくていいから。

 どうなのかわからない、というのは想像以上にストレスです。
 ずっとその状態に留まるくらいだったらいっそ悪い方に傾いてしまってもいいという気持ちが働きます。

 例えば、サーカスの綱渡りってあるじゃないですか。
 ハラハラドキドキしながら無事ゴールするか、それともバランスを崩してしまうのかを観客は見守ります。

 グラグラした足場を絶妙なバランスで歩いていくわけですが、あれってゴールがあるから楽しめるんですよね。

 もし、観客にとってどこにゴールがあるのかわからないというのだったら、疲れちゃいます。
 1時間も2時間も続いていたら、「いっそネットに落ちてしまえ」なんて気持ちが芽生えてくるかもしれません。

 もやもやはそれだけエネルギーを使います。

 好きな人にどう思われているんだろう?
 いつまでも確かめずに悶々としていると、だんだん嫌われているんだと思ってしまった方が楽になります。
 落ち込むことはあるけれど、でもどっちかわからないよりは安心します。

もやもやが成長を促す

 雲と木
 ヨガでもバランスポーズがあります。
 最初は片足で立つことすらままなりません。

 けれど、そこで「両足で立った方がバランスが取れるじゃん」と諦めてしまえば、バランス感覚が鍛えられることはありません。

 やっぱりグラグラしながらも少しでも長く片足で立ってみよう、と続けることでバランス感覚は養われる。

 やってみると左右の足でバランスの取りやすさの違いに気づくこともあるでしょう。
 その気づきが日常生活にも生きていく。

 そうやって前に進んでいくのだと思います。

 もやもやの中に留まり続け、迷いながら試行錯誤しながら歩んでいく。
 そうやって生きていくことが「今、ここ」を大事にする生き方なんじゃないでしょうか。

 それが良いか悪いか判断せず、今日ももやもやしていきましょう。
 
 
 
 
—————————————————————————————
オンラインヨガ会員募集中!

毎朝10分から始める健康管理始めませんか?

生活リズムを作りたい。
休みの日も早起きしたい。
自分で心身をケアできるようになりたい。

なかなかできない習慣化も仲間がいれば続けられます。
自然な自分と”再会”しましょう。

1ヶ月無料体験実施中!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です