人間関係トレーニング〜人と関わることは膨大な情報がある〜

人間関係トレーニング
オンラインヨガの本田信英です。

6/25,26と南山大学の人間関係トレーニングを受けてきました。
ラボラトリー方式のグループ体験学習を学ぶ場です。
去年の日体験に行き、3月にファシリテーション講座を受けてからずっと興味あった講座でした。

2日間計16時間の濃密なトレーニングでした。
終わった後で体調不良を覚えるくらいかなりの刺激を受けました。
正直なところ、終わって時間が経った今もまだ情報が整理しきれていなくて、それを整理するためにも書いています。
他の参加者の情報も関わってくるので、なにをしたのかどんなことをやったのか、などは詳しくは書けませんが、その体験の中で自分が学んだこと意識したこと感じたことなどを綴ろうと思います。
自分の向けの度合いが強いものではありますが、なにかの参考になれば幸いです。

3つの狙い

双眼鏡
今回の講座で自分の狙いを決める時間がありました。
①「ありのままの人間を捉える」
②「人間関係を俯瞰的に見る」
③「言ったことよりも言わなかったことをすくい上げる」

この3つを個人的な狙いとして定めました。

この狙いに関しては概ね達成できたと思います。

①について

私達はしばしばその人の背景にばかり意識が囚われてしまいます。どんな仕事をしているのか、仕事の中でもどんな立場なのか、そんなこと第一声に聞き出してそれから相手の判断材料を得ようとする。そうじゃなくて、言ったことや動作などの現象に対してその人個人と接していくということをしたいと考えて、実行できました。

②について

2日間通してはできませんでしたが、ワークに集中し過ぎた1日目の反省を活かして、2日目は比較的俯瞰的に見て関わることができたと思います。休憩中のそれぞれの振る舞いは特に興味深かったです。ワークをしている最中は皆さん集中している分、逆に休憩中は素が出ていたように感じます。グループ内で起こっていたこと、全体を通しての2日間での変化も感じられました。

③について

思ったけれど口にしなかったことの方がその人の特徴が出ると思っています。
それは言いたくなかったのか?
それとも言えなかったのか?
その理由まで知りたいと思いました。普段、人の身体の動きをよく観察していて、「この人なんか言いたそうだな」と感じることがしばしばあって、それでも直接的に触れることはあまりしていませんでした。それをあえて行い、その結果かなり強烈な体験をすることになりました。

気づいたこと

以下の内容は終わった後で、忘れないうちに必死で書き出したことですので、文体が走り書きのようになっています。
ただ、その時に感じた嘘偽りのない生の情報なので、編集しないでそのまま書き出します。

言わないことに言わない理由がある

上記でも書きましたが、なにか意識的あるいは無意識的な「言わない理由」がある。
だから、そのことに配慮しないまま「自分が知りたいから」というような理由でほじくり返すことって優しくない。
言わないという選択をした、まずはそのことを尊重した上で自分の興味を伝えていかないと余計な反発を生むだけ。
正直、足が震えるくらいに自分の心が揺さぶられてしまう場面があって、身体も一気に緊張してしまったので、その後は苦しかった。
今回の一番の葛藤がココにある。
けれど、その葛藤は自分のコミュニケーションの癖と向き合った証拠でもあり、また一歩前進するきっかけにもなった。

自己開示したことで得たものがたくさんある。

 今回意図して、色んなことを実験していて、普段なら空気を読んで黙り込んでしまう場面でもあえて自分の意見や考えを口にしていた。
「本当にそれでいいのかな?」「こんな印象を受けました」言わなければ波風立てず、過ぎていくだろう。
言ってしまうことで自分も他人も心の中でざわざわする。
けれど、それで自分の癖や課題が浮き彫りになった。
そして、グサッと突き刺さるようなフィードバックをいくつももらった。
どちらかというと、上手くいかなかった時の方がそのフィードバックは身になった。
ざわざわしたその先に、表面をなぞったのではない真の「親密」があるんだ。

自己開示の方法

↑との関連で、自己開示することでなぜ安心するのかといえば、本人と他者の間に存在するギャップが埋められるからだ。
往々にして他人に対しての見立ては見当違いだったりする。
相手について曖昧な部分をあれこれ妄想を膨らませて、それに悶々としている。
だから怒ってもいないのに怒っていると受け取られることもある。
そういう時に、今自分はどんなことを感じ、考えていることでギャップが埋められて落ち着ける。
ただ、開示の方法については特に注意しなければならない。言葉の選び方、声のトーン、伝え方を間違うと余計に相手に混乱を与えることになってしまうからだ。
自分の考え・意見を伝えるだけでなく、その意図まで伝えた方が丁寧だ。「あなたは落ち着いているように見えました」だけでは弱くて、そう見えた理由まで伝えた方が丁寧。

安心・安全の場の意味がわかってきた。

場作りにおいて、しばしば「安心・安全」というキーワードが出てくる。
言葉としては知っているけれど、それが意味するものが自分の中で判然としなかった。
けれど、今日の体験の中できちんとルールに守られて、お互いのコミュニケーションにおける認識の合意が取れている時に、一歩踏み出す勇気が湧いてくるということがあった。
「怪我をしないための配慮がされている」よりも「ここは怪我をしても良い場だよ」と許可されることの方が挑戦できる。
個人の狙いだけでなく、共通の狙いも共有されているから、その狙いに沿って普段の自分から逸脱しやすくなる。
それが「安心・安全の場」というものなのかもしれない。

黙っていることも影響を与えている。

グループワークの中で黙っている人がいる。
意見を言わない人はグループに参画していないかと言えばそうではない。
話さないことで、逆に存在感を高めていくこともある。

時には「なにを考えているかわからなくて、その人が怖い」と感じることもあれば、「その人は深く相手の話を聴こうとしている」と捉えられるかもしれない。
つまり、人、役割、状況などによって変わってくるけれど、確実に影響を与えている。
例えば、自分が聞き役に回っている時こそ、そのことを留意して時には意識的に自己開示をすることで相手が安心するということもある。
無駄に喋らず、聴くというのが良いと思っていた面が私にはあったので、自己開示については今後の課題。

感情を決して無視してはいけない。

特に継続的な関係においては、表面上は全員が納得しているように見えても実はどこかで言えなかったことがある。
というか、全てを言えることの方が稀。
だから、そういう感情面をちゃんとケアしておかないとそれがやがてじわじわと集団を蝕んでいきかねない。
他者からの要求があった時に、それがたとえ非合理的、非効率的に感じたとしても「相手がそうして欲しかった」という気持ちまで否定しちゃいけないんだな。
要求に応えられない理由と自分の行動の意図をしっかり伝えるようにする。

情報の共有の方法

視覚的に記録をして共有しておくことの重要性を強く感じた。
ファシリテーショングラフィック(ファシグラ)とかって、これまで見やすいようにするためなんだろうな、と漠然と思っていただけだった。
だけど、情報の共有と流れを確認する意味でも必要なんだ。
というのも話し合いをしていると、ずっと集中していられるわけじゃない。トイレに立ったり、電話がかかってきたりで離席することがある。
自分が離席している時に進展があった時にそれを知らないまま進行していくと、置いてけぼりになってしまう。
他の人達は席を立っていることは知っていても、情報が抜け落ちていることにまで気づいてくれるとは限らない。
そういう時にファシグラがあると便利だな。

「チェックイン」をやる理由。

チェックインとは、その場・グループにおいてワークに入る前に最初にそれぞれの状態を共有しあうこと。
これまでに何度もやったことはあったのだけれど、これまではやる意味があまりわからなかった。

けれど、チェックインをすることでそのグループに参画することになる。
集団においてはただでさえ均等に話すことは難しい。
自然と偏りが生じてしまったり、喋らない人が出てきてしまったりするのはある種当たり前のことだ。

そうすると、発言しない人はなかなか自分がグループに入っていけていないという想いを強くしてしまう。
だから、チェックインにおいて、まずは全員に発言する機会を与える、ということでその後の発言することに対して心理的なハードルが下がる。
そして、気持ちを共有しておくことで、外からは見えないお互いの状態を把握できることで、関わり方も変容する。

人間って勝手にルールを作って、それに縛られている。

時間と正確さの両面から得点を得られる課題があった時に、ついつい正確さの方ばかりに意識が向いていたことに後になって気づいた。
そして、それは自分達以外のグループもそうだった。決して「完璧に作る課題」ではなかったはずなのに、誰もそのことに気づかず、時間制限ギリギリまで取り組んでいた。
もしかしたら、ある程度のレベルで妥協して、時間点を目指していたらもっと得点高かったかもしれない。

また、グループワークをしていると明確にあるいは暗黙のうちに役割が決まってくる。
一度、その役割を担うとその通りに振舞おうとしてしまう。
そこから自由になって、時には逸脱してみることも大事。

選択の間違いの指摘するのって難しい。

問題解決のワークをしていた時に、早い段階で選択肢を1つ消していた。
結果的に、それが問題解決に必要な情報だった。

一旦捨てた情報をまたゴミ箱から拾い上げてくることってなかなかできない。
そして、もしそれに気づいたとしてもそれを指摘することにまた壁が生じてしまう。
名前忘れちゃったけど、「一度した選択を正しいと思いたい」という心の作用があった。それを思い出した。

「第2の勇気」を持つ。

講師の方の言葉で1番印象に残っているのが第1の勇気は大切だけれど、第2の勇気がグループを変えるということ。

話し合いの中でアイディアは必ず出てくる。
けれど、そのアイディアがスルーされることは珍しくない。
それが採用されるか否かは言い出した人に対して「それいいね」と同調する2人目が出てくるか否かだ。

逆をすれば上手くいく? どんな意図で行動するのか

押してダメなら引いてみろと言うけれど、どんどん相手に切り込んでいってそれがダメだった時に真逆の方法を試したらいいだろう、って発想はもしかしたら安易なのかもしれない。
その行動に対してどんな意図を持たせるのかということを意識していく。

まとめとして

思い悩む
正直なところ、未だにモヤモヤしていて頭で考え続けています。

ただ、いかに私達の体験には価値が詰まっているのかを痛感させられました。
個人レベルではもちろん、そこに人が集まった時に膨大な情報が生まれる。
だから、そこを丁寧に振り返ることさえできれば、たとえ「話すだけ」ということの中にも数珠の学びを得ることができることを知りました。

ついつい、「なにをするか」というコンテントにばかり目がいってしまいがちで、「行動を通してなにを感じ、なにを得ていたのか」ということは疎かになりがちなんですね。

気づいてしまった以上は、どうしようもないんですが、しばらくは日常生活でも支障をきたしそうです。
人と接する時の情報量が多過ぎて慣れるまでは大変です。 

なにはともあれ、とっても価値のある講座でした。
南山大学では同様の講座が年内に開催される講座もあるので、興味のある方はこちらから確認してください。
きっと素晴らしい体験ができるはずです。

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