自己否定してしまう人へ

ハテナマーク
 オンラインヨガの本田です。

 自己否定的な思考は良くないと言われています。

 自分はダメだ。価値のない人間だ。

 そんな言葉を唱えて、頭の中で反芻していると心理的にも生理的にも悪影響を及ぼします。
 その手の本もネットの記事もたくさん溢れているのでここでは触れません。

 ただ、ずっと腑に落ちないことがありました。

「自分にとって良くないことだから自己否定を止めた方がいい」と言われても、別に好きこのんでやっているわけではないということです。

 だから、どれだけ「止めるべき理由」を説かれたところで、それに共感して納得できたところで、そもそもコントロールできないことが悩みなので解決にならないんですね。

本当は自己受容したいけれど……

 私自身、かつてはとても自己肯定感が低く、いつも自分のダメなところばかりを探していました。
 ポジティブな人間になろう、と思って心理学を学んでみたり、催眠療法などを受けてみたりと色々なことを試した時期もありました。

 けれど、僅かな隙間にもネガティブ思考は滑り込んできました。
 それはカビのように知らぬ間に発生し、人の心へと浸食していきます。

 そうして気づけば、自己否定の呪文を呟いているわけです。

 本当は自分を受け入れたいけれど、どうしようもないのが本音でした。

 幸いにも私は人に恵まれ、ヨガの実践を通して、今では「前向きな人ですね」なんて言われるようにもなりました。
 しかし、心身に余裕がなくなってくるとやはりどこからともなく忍びよってくる時があります。

目的論的にみる

 アドラー心理学の目的論的に言えば、
「自ら否定することで、他人から否定されないように予防線を張っている」
「ダメだとすることで、できない自分を正当化しようとしている」
 とも考えられます。

 他者から言われると傷つくから、自らブサイクだと言っておく。
 そんな状態でしょうか。

 自分を否定する目的は人それぞれですが、なにかしら目的があると考えると解決の糸口が見えてきそうです。
 ただ、目的がわかったところで、止められるわけでもないのが正直なところでした。
 

急所を突く1つの疑問

 数人で話していた時に、上記のような話題になりました。
 
 その際に、ある人が発した疑問に私は衝撃を受けました。
 
「ダメだと思っている自分の発言はダメだと思わないのか?」

自己言及のパラドックス

 例えば、「自分に自信がない」と言う人がいたとします。

 なにをやっても上手くいかず、自分を信じることができません。

 けれど、ちょっと待ってください。
 おかしなことに気づきます。

「自信がないと言っている自分」には疑いを持っていないじゃないですか?

 なんで、「ダメな自分」だけは信じられるのでしょう?
 本当になにからなにまで信じられないならば、その発言自体も信じなければいいじゃないですか。

 この疑問に行き当たって答えに窮した時にふと気づいたことがありました。

 自己否定をするとそこに矛盾が生まれるから葛藤するのではないか?

 逆に考えてみるとわかりやすいかもしれません。

 「私は自分のことを信じている」
 そう言った時、その発言をした自分も信じることができます。

 そこには矛盾が生じることもなく素直に認められることができます。
 

答えを出そうとするから苦しくなる

分かれ道

 自分はどんな人間であるかを断定しようとするほどに苦しくなります。

 なぜかといえば、なにか入れ物があるとその形に縛られてしまうからです。
 「自分に自信のない人間」という容器に入ってしまうと、確かに楽かもしれません。
 けれど、やがてその容器の中でどう過ごすかを考えるようになってしまいます。

 だから、何かの拍子にエネルギーが湧いてきた時もその容器から溢れそうになると、自分でブレーキをかけるようになってしまいます。

問い続けることで自由になる

 じゃあ、結局のところどうすればいいのかといえば、答えを出すのをやめればいいと思います。
 その代わりに疑問を持ち続ければいいのではないでしょうか?

 自分に自信がない。
 自分が嫌い。

 そんな自己否定的な想いが浮かんできた時に「そんなことを考えちゃダメ」と禁止するのではなく、自分に問いを投げかけてみます。

 じゃあ、なんでそう思ったんだろう?
 そう思うに至ったのはどんな人生を送ったからだろう?

 それをずっと繰り返します。

 時には同じ問いに戻ってくるかもしれません。
 しかし、それは逆戻りしたわけじゃありません。

 例えば分かれ道があって、1回目は右の道に行って同じ道に戻ってきてしまったとしましょう。
 じゃあ、2回目は左の道へと進むことができます。

 それは最初の経験があればこそできる選択です。
 だから、同じ問いに戻ってくることは決して無駄ではありません。

 とはいえ、私自身がまだ問いかけている最中なので、もしかしたら絶対的な答えがどこかにあるのかもしれません。
 もし、あるのならばそれも教えていただけると幸いです。

 

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