失敗を恐れる幼少期

 さて、今回から数回に分けて私がなぜヨガをやっているのか、そしてなぜ沖ヨガなのかを連載形式で紹介していきたいと思います。

1.失敗を恐れる幼少期(この記事)
2.あまりにも思い通りにならない心身
3.100人100通りの心を扱う方法があるのか
4.変わるきっかけとより深い疑問
5.ティッシュ配りから始まるヨガライフ
6.ホットヨガとの決別
7.私が沖ヨガをやる理由

 私のルーツとも関わるので、第一回は幼少期の話から。

幼児の写真
(※イメージ画像です)

 幼少期の私は外から見れば普通の男の子だったと思います。
 あやふやなのは、幼少期の記憶がほぼ全て抜け落ちているからです。だから、たまに地元の友人と集まって昔話に花を咲かせても、自分だけついていけないことがしばしばあります。

 ただ、私の中に確かな感覚として残っているのは、いつも人の顔色をうかがっていたということです。その証拠に、私のおぼろげな記憶に残っているのは、どこそこに行った風景とかではなく、人の表情ばかりです。怒った顔、笑った顔。幸せそうな顔、辛そうな顔。そんなものばかりが浮かびます。

 顔色をうかがっていたからといって、オドオドしてあまり発言しないわけではありません。むしろ、私は快活な少年だったと身内は口にします。ですが、それは子ども特有の感性から親や周りの人が喜ぶ振る舞いを感じとっていたのだと今なら思います。
 
 そうやって周囲の目を気にしながら生きてきた私は物心つく頃には立派に(?)失敗を恐れるようになっていました。
 誰かの失望した顔やイライラしたのを見るのが苦痛だったので、必死に空気を読んであまり自分が突出しないように細心の注意をしていました。だから、下手に挑戦して失敗して誰かをガッカリさせるよりも予定調和の中でそれなりに上手く生きていくことばかり考えていました。
 
 自分の意志・意見を押し殺して生活する。
 その生き方が長らく鎖となって、私を縛りつけることになります。

 そして、自分を歪めて生きることは当然ストレスになります。それを発散するために食欲に走るようになり、どちらかといえば痩せていた私は年を重ねるごとに太っていきました。
 
 
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