5.ティッシュ配りから始まるヨガライフ

ヨガの瞑想

1.失敗を恐れる幼少期
2.あまりにも思い通りにならない心身
3.100人100通りの心を扱う方法があるのか
4.変わるきっかけとより深い疑問
5.ティッシュ配りから始まるヨガライフ(この記事)
6.ホットヨガとの決別
7.自分の取り扱い説明書
8.私が沖ヨガをやる理由

 

 十人十色の心を変える。そのことに途方に暮れていた私はより確かなものを求めました。

 曖昧であやふやとしたものではなく、ちゃんと形があって触れて変えることができるもの。
 そして、注目したのが己の身体でした。

身体からのアプローチ

 心を病んだ人はリストカットなどで自らの身体を傷つける。
 虐待を受けて身体を痛めつけられると、心にも傷を負う。
 心と体は切っても切り離せないものです。
 
 だったら、身体を変えれば心も変わるんじゃないだろうか?
 
 肥満児だった頃、私の心は荒れに荒れていました。
 そして、自分の心が軽くなるにしたがって体重も右肩下がりに軽くなっていきました。
 マラソンで長い距離を走った後は、なんだか心もスッキリしていました。
 
 だから、身体を変えることで心も整えることができるのではないだろうか。

 よくよく観察すれば自分と同じように悩んでいた人は、みな声量が小さく、笑顔は少ない。
 そして、背中を丸めて俯き加減でした。
 
 例えば、彼ら彼女らの姿勢を整えたらどうなるんだろう?

 そんな好奇心が私の中でムクムクと芽生え始めていました。
 そして、引き寄せられるように私はそれと出会いました。

出会いはティッシュ配り

 ある日、繁華街を歩いていた私の前に手が差し出されます。
 
 
「よろしくお願いします」
  
 
 ティッシュ配りのお姉さんでした。
 重度の花粉症だった私はなんとはなしにティッシュを受け取って、ポケットに入れてその場を去りました。
 
 家に帰ってくしゃみをした時に、ポケットに入れていたものを見た時に「おや?」と思いました。
 
 それはホットヨガの体験割引券でした。

 当時の私がなぜ興味を惹かれたのかは正直なところ覚えていません。
 ヨガといえば、へんてこなポーズでずっととどまっている。
 そして、女性がやるものだ。それくらいの認識でした。
 
 ただ、なにか心の琴線に触れるものがあったのでしょう。
 ホットヨガを体験することにしました。
 
 私のヨガとの出会いはこんなロマンスの欠片もないティッシュ配りです。
 たまにヨガと運命的な出会いを果たしてキラキラと語る人を見ると、私は眩しいなと思います。
 
 とはいえ、ヨガのインストラクターをやる人間がこんな調子です。
 ヨガを始めることになにか特別な理由も覚悟も必要ないと感じていただけたら幸いです。

 
 さて、ヨガに出会ったはいいものの、室温40度、湿度40%以上の世界は想像以上にハードで、初めてのレッスンが終わった時は披露困憊でした。
 それでも動いた分、終わった後の達成感と身体の温かさは癖になるものがあり、私は継続することにしました。

 
 ただ、続けていくうちにだんだんと苦しくなっていく自分に気づくことになります。

>>NEXT ホットヨガとの決別<<

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