明けましておめでとうございます。
オンラインヨガの本田信英です。
今年も、同じことを同じように継続することを大切にしていきたいと思います。
それに一体どんな意味あるのか?
無駄じゃないのか?
そんな疑問を感じる人もいるでしょう。
けれど、同じことを同じように続けることが果たしてできるでしょうか?
たとえば、全く同じペースでミリ単位で同じ動きをすることができたならば、それはまさに神業と呼べるでしょう。
つまり、「だいたい同じように」することは簡単ですが、まったく同じようにすることは至難の技です。
僕はここに希望を見出します。
その僅かとも思えるゆらぎと差を丁寧にしっかりと見ていくことで、違いや変化に敏感になれる。
そしてその感覚の変容は、やがて仕事やプライベートなど生活全般にまで影響を及ぼすことでしょう。
飽きるという才能
たとえばですが、同じ問題10問を毎日やるとします。
最初は言われるがままにやるわけですが、当然それは退屈なわけです。
おそらくすぐに答えを覚えてしまうことでしょう。
退屈なことを退屈なまま続けられる人はまずいません。
したがって、まもなく大なり小なり工夫を始めます。
最短時間でやることを目指したり、問題を解く順番を変えてみたり、あるいは全部の問題を間違えるように解いてみたり。
それこそが考えることなんじゃないかと思います。
制限の中に自由にできる範囲を見出して、工夫して、自分自身を楽しませることができる。
すぐに飽きてしまう、というのは実は凄い才能なのかもしれない、と最近思うようになりました。
飽きるのが早ければ早いほどに、工夫を始めるのも早いということでしょう。
ただ、飽きたから辞めるというのはもったいないとも思います。
人も物事にも色んな段階があって、その過程でどうしても飽きを感じることってあります。
でもそれを超えた先に、これまで感じたことのない喜びや発見があるかもしれません。
どうしても嫌なら辞めればいい。
けれど、「飽きる→辞める」を直結させてしまうと、出会えたはずのものにも出会えないかもしれません。
やっぱりやるっきゃない
「色んな視点を持つことで冷静な判断が下せる」
多様性という言葉を耳にする機会が増えてきましたが、一面的なもののを見方では思わぬところで人の地雷を踏んで炎上してしまいます。
だから複数の視点を持つ言い分はわかるのですが、じゃあどうやって複数の視点を持つことができるのでしょう?
それって教えられてできるものでもありませんし、一朝一夕で身につくことじゃありません。
なまじ見えている分、 1つ(自分)の視点から外れることは、強い抵抗が生まれてしまいます。
けれど、同じことを続けているといつの間にかそれを始めてしまう。
同じ映画100回見たらもうストーリーを超越して、俳優の癖とか撮影地はどこかとか、些細なところまで気づくことができるようになるかもしれません。
ただ、実際のところどうなるのかは正直わかりません。
なぜなら僕は同じ映画を100回観たことはないからです。
(もしそういう方がいらしたら、どんなことが起こるのか教えて欲しいです。)
それは言葉ではどうしても伝わらなくて、やってみた人にしかわからないことです。
僕はインタビューゲームというもの50人以上とこれまでにやってきました。
そこから得たものは本当に多くて、数時間は語り続けられると思います。
ただ、そこで言語化されたものを聴いた人がすぐに取り入れられるかと言えば、無理でしょう。
体験の欠如しているものはなかなか使えません。
だからやらなきゃわからないんですよね。
習慣と振り返り
これまでも何度かブログに書いているのですが、オンラインヨガではほぐしという毎日同じことをしているわけですが、別にほぐしじゃなくてもいいと思っています。
それが勉強だろうが、読書だろうが、瞑想だろうが、なんだっていい。
ほぐすことではなくて、習慣を作ることに重きを置いているんですね。
だから、わざわざ同じ時間じゃなくても、朝だろうが夜だろうが、いいんです。
自分でやれる時にやれる範囲でやる。
ただ、生活リズムというのは一定ではありません。
長期休みがあれば、やはりペースは乱れます。
そういう意味で、ペースメーカーがいてくれるととても助かるんですよね。
だから、僕はペースメーカー、伴走者みたいなものだと自分を位置付けています。
同じ動作なのですから、自分でできるわけで、でも崩れやすいならまあ一緒にやりましょうよ、というわけです。
今日の調子って変わるでしょう?
でも、どう変わっているのかがまずわかりません。
感覚が磨かれてくると、調子が悪いってどこが痛い(重い、硬い)のかって感じられるようになってきます。
なにかを覚えたらおしまい。
スキルだけを身につけようとしたら、そうなるのですが、じゃあそれが実際に使えるかっていうとそうじゃないんですよね。
だったら、大学や専門学校をでた人はみんな即戦力です。
けれど、実際のところはそうはなっていない。
ハードルの越え方はみんな知っているわけですが、そもそもハードルが用意されていないんですよね。
だから最初のハードルを越えて途方に暮れてしまう。
自分で次のハードルを見つけることを始めなくてはいけない。
超えることだけを磨いた人にはそれができません。
1つのことを繰り返すことはすごく無駄なことように思えて、実はかなり流用の効くとことだと思います。
もちろんただ繰り返せばいいかというとそういうことではなくて、昨日と今日の違い、1ヶ月前と今日の違い、と行った具合に振り返りをしていかなければ、自分がどういう方向に向かっているのかがわかりません。
1つの点があるだけじゃそれは点に過ぎません。
もう1つ点が生まれればそこに線を繋げることもできるし、流れも生まれます。
習慣と振り返り。
僕がやりたいのはそれを自分の身体を使ってやっているだけです。
ゆったりと過ごした年末年始で自分の内側を棚卸したら、そんな結論に達しました。
だから淡々と同じことを続けていきたいと思います。
気が向いたら、一緒にやりましょう。