3.100人100通りの心を扱う方法があるのか

出口の見えたトンネル

1.失敗を恐れる幼少期
2.あまりにも思い通りにならない心身
3.100人100通りの心を扱う方法があるのか(この記事)
4.変わるきっかけとより深い疑問
5.ティッシュ配りから始まるヨガライフ
6.ホットヨガとの決別
7.自分の取り扱い説明書
8.私が沖ヨガをやる理由

 
 あまりにも思い通りにならない心をコントロールする術はないのか。
 それを知りたくて、私は思い立った半年後には高卒認定(大学の入学資格)を取得して、大学に入学しました。

 ただ、大学は私の予想していたものとはちょっと違いました。私は心理学を万能ななにかだと幻想を懐いていました。心理学を学べばたちどころに自分は劇的に変わり、自信に漲る人間になれると思っていました。

 けれども、現実は専門用語をノートに書き連ねて、試験のための勉強です。
 知識だけ蓄積させても私の苦しさは一向に軽くはなりませんでした。大学では学んだ知識を自分に活かす方法は語られなかったのです。

 本当は、やりたいことがあるならば図書館もありましたし、自分で色々な人に会いに行ければやればよかったのでしょう。大学とはそういう場所ですから。けれど、当時の私はその考えに至らずに漠然とした不満ばかり覚えていました。
 
 それでも大学生活はリハビリ的な意味ではとても貴重な時間でした。
 ほとんど失われていた同年代との関わりやマラソンによるダイエットなどを通して、私の心は幾分か穏やかになっていました。

 ただ、「心とはなにで、どのようにコントロールすればいいのか?」という疑問はずっと私の中で引っかかっていました。

 心ってなに?
 そうやって問いかけると、100人100通りの答えが返ってきます。そんな無形で曖昧なものを癒すって一体どうすればいいのだろう?
 
 私には検討もつきませんでした。これじゃいけないと思いながらも途方に暮れたまま、あっという間に時は流れ、気づけば卒業を控えていました。

 そんな折、学生と社会人の交流会で出会った方に心理学を教えていらっしゃる先生に繋げていただきました。

 そして、私は交流分析と出会いました。

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