「察する」と「空気を読む」

空気を読む

 オンラインヨガの本田信英です。

 空気を読む能力や、逆にそれを求める日本文化への批判が昨今取り上げられます。
 僕は空気を読もうと必死に努力して、でも空気を読みきれなくて落ち込む、ということを繰り返してきました。

 時には、あえて空気を読まないように振舞いもしました。
 そうして失敗を重ねてきて思うのは、空気を読むことなんてできないんだ、ということです。

「空気を読む」と「察する」

 この前、「日本人は空気を読みすぎ」と例のごとく言っている人がいました。
 しかし、同じ人が「察することってとても大事」と口にしていました。

 僕にとってそれは矛盾して聞こえました。
 だから、とても気になったので、「『空気を読む』ことと『察する』ことはなにが違うんですか?」と尋ねてみました。
 しかし、言った本人も無意識に発していたのか、答えることができませんでした。

 その後、モヤモヤしたまま過ごしていたのですが、人と関わっている時にふと気づきました。
 空気を読むことなんてできないんだ、と。

実体のない空気

プールで泳ぐ
 気温がグッと上がる夏には、プールが恋しくなってきます。
 プールといって、真っ先に思いつくのは小学校のプールの時間です。
 意味もなく水をバシャバシャと飛沫を立たせて楽しんでいました。

 プールの授業では毎回恒例行事のようなものがありました。
「まずは時計回りに歩いてみましょう!」と号令がかかって、50人以上の生徒がぐるぐると回って歩いていました。
 そうすると、だんだん流れができてきて、最後は身体が勝手に流されるようになります。

 いわゆる場の空気って、プールの水の流れと同じなんだと思います。
 水そのもの、空気そのものが流れを作っているのではない。
 そこにいる人間の動きや意図がより集まって、からまり合って、生まれてくるものです。
 
 だから、空気が全然読めない、と言われている人は、空気そのものを読もうと必死になっているのだと思います。
 でも空気という対象が実際にいるわけじゃないので、空間だけを見てたって、空気を掴むことはできないのでしょう。

「今、どんな空気ですか?」
 こっそりとその場にいる全員に尋ねてみたところで、一致はしないでしょう。

それぞれの意図を「察する」

 それじゃあ、なにを見ればいいのかっていうと、その空気を作っているのは誰かという話です。
 プールの水の流れはそこにいる子どもたちが作っているわけです。
 だから、その場の人を見る。

 その時に必要なのが「察する」ことなんだと思います。
 一人一人の表情や取り組み方、誰とどれくらい関わっているのかを把握していく。
 察する時には、必ず相手(対象)がいます。

 わからない時は質問をすることもできるし、確かめることもできる。

 そして、察することの繰り返しで、意図を細かく観察しながら、少しずつ視点を引くようにして見ていくと、おぼろげに全体の空気感が見えてくるのでしょう。

空気を完全に読むのは無理

 ただ、間違っていけないのは、それぞれの意図を察したところで、空気を読み切るのはほぼ無理だ、ということです。
 プールで歩いていても、そのうち流れに逆らうように歩き始める人が出てくるんですよね。

 だから、あなたがそこにいるほとんどの人にとって「空気の読める人」でも、ある人にとっては「空気の読めない人」であるかもしれない。

 もし、その1人から「あなたは空気の読めない人だ」と言われているのだとしたら、もうどうしようもないんですよね。

 だから、空気なんて始めから読むことなんてできないんだと開き直ればいいのだと思います。
 ただ、そこにいる人の意図や考えを察することはできる。

 あとはそれをするのかしないのか、という選択の問題になってきます。

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